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「今村君は勉強ができないので、学校を辞めてください」と言われた話

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おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。

新年一発目&週末のエモブロです。今年はぼくの大学受験から30周年の節目の年です。受験に関しては、忘れられないエピソードがあります。それは高校の教師から親が呼び出され、ぼくの退学を勧告されたという話です。

「今村君は勉強ができないので、学校を辞めてください」

これはぼくが成人してから母親に聞いたことですが、どうもぼくが高校生の時、母がぼくの担任から呼び出されて「今村君は勉強ができないので、学校を辞めてください」と言われたらしいんですよね😅

ぼくが通っていたのは、大分という田舎の偏差値の低い私立高校でした。平成も初期のころで、昭和の香りが色濃く残る時代でもありました。そんなアホ高校にも、スパルタ式の詰め込みで、無理やり勉強をさせるという特進クラスがあったんですよね。ぼくはそこの生徒でした。

ぼくが在籍していた特進クラスは、灘校の伝説の教師である橋本武先生の『銀の匙授業』みたいなエレガントなやり方は皆無でした。エレガントさにかける田舎の野蛮な教育方針の学校だったので、成績が悪いぼくは、学校側からも「いらない子」だとみなされていたのでしょう。

この退学勧告の話を母から聞いたときは、さすがにショックでしたよね。いや、成績が悪くて、担任から罵られたり物理的に殴られたり蹴られたりしたのは日常茶飯事だったので(これ、本当のことですよ)そういう事があっても不思議ではないと思いましたが、それでも担任が成績を理由に退学勧告しますかね?子どもを教育するのが教師の役割のはずなのに、教えることを放棄して辞めさせようとしますかね?

ひどい学校ですよねえ……。母はどう言い逃れたのかは知りませんが、ぼくは学校を辞めることなく、しかも退学を勧告されたことは知らずに卒業まで在籍しつづけたのでした。

条件付きでしか承認されない環境だと人間関係は荒れる

この学校では「成績の良し悪し」という尺度でしか、人間として認められなかったんですよね。成績がよかったら人間扱いされるし、悪かったら奴隷のように殴られて蹴られ、親まで呼び出されて退学を勧告されるのです。いわゆる「条件付きの承認」というものです。人は、条件付きでしか承認されなければ「条件を満たさなければ自分に価値はないんだ」と感じるようになります。

常に成績がよければいいかもしれませんが、成績というのは流動的なので、「自分の価値」が乱高下することになります。また成績が落ちることに怯えるようになります。そうした環境では、自分の安全が担保されません。不安になり、自信もなくします。自信を喪失すると、他人を自分と同じ場所まで引きずり下ろすことで、自分の自信を守ろうとします。教室で何が起きるかというと「いじめ」ですよね。(この機序は、この21世紀の令和時代の大人の社会でもよく見られることだと思います)

実際、ぼくのクラスでは常に誰かがいじめのターゲットになっていました。ぼくもその対象になったこともあります。正直に言うと、ぼく自身もいじめに加担したこともあります。誰かを引きずり下ろさなければ、自分がいちばん下になってしまうんじゃないかという不安に飲み込まれてしまいそうになるんですよね。断っておきますが、だからといってぼく自身がいじめに加担したことを正当化するつもりはありません。その時のぼくは、明らかに「加害者」でした。今は心から恥ずかしく思い、反省をしています。

そうした不安定な環境だったので、ぼくが在籍した特進クラス70名程度のうち、ぼくが知る限りは2名が自殺。10名くらいは大学進学後にドロップアウトしたと聞いています。

しかしぼくの高校の教師のような人たちは、その後の人生にまで寄り添ってはくれません。子どもの自信と安全を打ち砕いたまま、世間に放り出すだけです。

でもそれは仕方のないことかもしれません。教師にも査定があり、自分の生活がかかっています。成績の悪い生徒を殴り、罵り、意に沿わない者を排除ことが彼らの査定にプラスになるのであれば、そのように動機づけられるのは当然です。

つまりは彼らもまた、世間から条件付きの承認しかもらえなかったのです。悲観的かもしれませんが、この世間は条件付きの承認をめぐってのゼロサムゲームなのかもしれません。

この経験を活かす唯一の方法は、娘氏に「条件付きの承認」をしないこと

そうした受験生時代から、もう30年も経ってしまいました。自分の過去は変えられません。この経験を活かすとすれば、やはり自分の子育てのことが真っ先に頭をよぎります。自分の娘氏に対しては、無条件の承認をすることと、自分の命が続く限り彼女に寄り添うことしかありません。もしも娘氏が将来、「条件付きの承認」しか得られないような環境に身をおくような事があれば、そこから逃げ出すことも選択肢として示すことも自分の役目だと思います(もちろん、選択するかどうかは娘氏次第ですし、ぼくが強要するつもりはありませんが)。

今の時代は、さすがに成績が悪いというだけでは、担任から罵られたり物理的に殴られたり蹴られたりすることはないでしょうけど、「条件付きの承認」の環境は、手を変え品を変えて、そこかしこに残っていると思うんですよね。そうした世間を変えることはぼくにはできませんでした。それどころか「条件付きの承認」がまん延する組織に馴染むことができず、転職を繰り返し、ついに一人親方になってしまいました。

しかしながら「条件付きの承認」の環境から離れた生き方をしてきたとも言えるわけで、そうした生き方を自分の子どもに見せるのは、ぼくしかできないことでもあるんですよね。それが、あの30年前の経験を活かす唯一の方法だと思っています。

  • B!

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