おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。
大手の下請けから、最終顧客と直接的に接点がもてる業務へとシフトをしたい!そんな経営者の思いを、ほとんど赤の他人に近かった者同士で実現した事例を僕は経験しています。サービス業からものづくり業への転換を果たし、市場へ新製品を投入して反響を得た成功事例を、社会的なつながりの観点から分かち合いたいと思います。
多額の借入金を背負った経営者
ある日僕は、造園の設計を手がけている会社の社長と話していました。当社の社長は、先代であったお父様が急逝し、事業を引き継いだのですが、お父様が遺した事業の維持費や、借入利息の支払い、元本の返済などに、毎月数百万円の支出が必要だったのです
顧客の顔が見えない業界の特徴
造園設計業界は必ずしも、顧客ニーズを起点とした営業活動をしているとは言えません。例えば新たに家を建てたい顧客は、ハウスメーカーに造園の依頼をするのですが、ハウスメーカーの本分は家づくり。庭については、ハウスメーカーは顧客にじゅうぶんなヒアリングもせず、いきなり下請けの設計会社に設計依頼をするようなことがあるそうです。当社の社長も、顧客の顔が見えずに戸惑うことがあるそうです。
この業界は趣味性の強いサービスを提供しているため、顧客ニーズが重要だと社長は言います。しかし前述のような現状もあるため、こだわりのある顧客が納得のいくサービスの提供を受けようとしても、ニーズがうまく伝わらないのだそうです。
当社の社長は、このような構造の中で下請けに甘んじるのではなく、直接的に顧客と接点を持ち、製品やサービスを提供することが、今後の会社経営では重要であると感じていました。しかし、何から手をつければよいか――そのきっかけを逡巡していましたが、なかなか一人で見つけることは出来ませんでした。
打開策は車中の何気ない会話から
こういう話をしている場には、当社の社長と僕と、もう一人の経営者がいました。それは外壁塗装業の専務さん。専務さんと社長は、この数日前、西武プリンスドームで開かれた「国際バラとガーデニングショウ」という展示会に訪れていました。
二人は、展示会の販売ブースで、「ガーデンハウス」と呼ばれる倉庫を目にしました。ガーデニングの愛好家は、ハサミやスコップ、フォーク、熊手、芝の穴あけスパイクといった園芸工具を収納するために、小型の物置を利用することが一般的です。ただし、市販の物置はデザイン性に乏しく、愛好家の美的価値にそぐわないため、ホームセンターで販売されている角材や板材などを利用して、日曜大工で自作をする愛好家も多いのです。この日、展示会の販売ブースで売られていたのも意匠性の高い倉庫でした。驚くことに、その倉庫が、250万円もの高値で売られ、買い手がついていたのでした。
「もっと安く、デザイン性の高いものが作れるな」
この倉庫を見ながらそう二人は話し合ったそうです。ところが安くデザイン性の高い倉庫を作るということは、サービス業である従来の設計業務と異なり、完全な「ものづくり」です。いくら庭にまつわる実績とノウハウがあるといっても、倉庫のデザインや材料、工法をどうするかは、まったく未知数です。限られた資金の範囲で、どうやって安くデザイン性の高い倉庫を、費用負担をかけずに試作するか……と、二人は車中で話していました。
その話を初めて聴いた僕は、補助金を使うというアイデアを提案しました。ちょうど「ものづくり補助金」の公募が間近であり、それを活用することで、試作開発をスムーズに進められるのではないかと話しました。それで資金的な問題は即座に解決。なんとなく車中で雑談をしていたら、いつの間に新製品開発の道筋が出来上がっていたのでした。
プロジェクトが走りだす!
プロジェクトは、外構・造園を知り尽くしている社長が倉庫の構想とデザインを、塗装業の専務が外装を、そして僕がプロジェクト管理と補助金の申請書類作成を行う、という役割分担でスタートしました。まずは三人で、いかに安く、手軽に、デザイン性の高いものを作ることができるかを検討しました。そこで出たアイデアは、倉庫のベースに既成のプレハブ式ユニットハウスを使うというものでした。そこに板張りやサッシ周りの施工など、大工工事を施すことで、顧客の望むデザインや塗装を実現するというアイデアが出ました。それを実現するために、三人の共通の知り合いである総合建築業の社長にも参画してもらうことになりました。
四人でアイデアを出し合う中で、顧客のニーズを全て取り込むフルオーダーではなく、ある程度のパターンをあらかじめ定めたパターンオーダー形式であれば、コストをもっと下げられるということも発想することができたのです。この着想によって、既存のコンテナベースでパターンオーダーの倉庫を作るという、これまでに市場にないものが誕生したのです。
いよいよ展示会へ
やがて試作品としての倉庫が完成しました。その倉庫は、想定される顧客のニーズを確かめることと、コンテストへ出展して認知度を高めることを目的に、「国際バラとガーデニングショウ」へ出展することにしました。この展示会は、世界有数のバラとガーデニングの祭典であり、開幕前日の内覧会を含め7日間で19万6652人が来場する大規模な展示会です。期間中に実施されたバラとガーデニングコンテストには、4部門あわせて4375点が出品されましたが、我々の作品は、ガーデン部門A(24平方メートルのカテゴリー)で、準優秀賞を獲得しました。
成功の起点は「弱いつながり」
当展示会への出展は、これまで設計業であった企業が、顧客のニーズに基づく「ものづくり企業」としてのスタートを切った瞬間でもありました。従来と同じ、造園という分野に身を置きながら、直接的に顧客と関わる「ものづくり」という新しい切り口に着眼したことで、これまで市場にない製品を生み出すことができたのです。
それは、当社の社長が一人で悩んでいても決して発想できるものではありませんでした。何気なく三人が乗り合わせた車中で、何気ない話がきっかけとなり、三人が自由に意見を交わし合うことで生まれた、いわば化学反応のようなものだったといえるでしょう。しかし実のところ、私たち三人は、長年の親友といった関係ではありません。経営者たちの会合で、たまたま同じグループになっただけの関係でした。ほとんど他人も同然だった三人がなぜこのようなことに取り組めたのでしょうか。それをひもとく鍵として「弱い紐帯(ちゅうたい)の強み」というものがあります。
「弱い紐帯の強み」とは、はアメリカのスタンフォード大学社会学部教授であるマーク・グラノヴェッターが提唱した考え方です。簡単に言うと、家族や同僚などの毎日顔を合わせるような関係よりも、たまにしか顔を合わせない関係のほうが、より大きな機会をもたらしてくれる、という考え方です。普通に考えると、あまり知らない人よりも、よく知っている人のほうが何かと頼りになりそうですが、どういうことでしょうか。
グラノヴェッターは、200人以上をランダムに抽出し、現在の職を誰からの紹介で得たかを調べたところ、よく知っている人よりも、どちらかと言うとつながりの薄い人から聞いた情報を元に職を得ていたことが判りました。なぜこのようなことが起きるかというと、近すぎる仲では共有している情報も似通ってくるので、新しい情報が入りにくいということだと解釈されています。反対に、よく知らない人からは、自分の全く知らない分野の情報が入ってきやすいということです。
今回の私たちのケースでは、この「弱い紐帯の強み」が、私たちの間で効力を発揮したので、これまでにないアイデアを出し合うことができたと言えるでしょう。
これは「とにかく人脈を広げればよい」ということを言いたいのではありません。当たり前ですが、異業種交流会で交換した名刺の数が多いほど、よいビジネスができるという訳ではありません。当社の社長は、大きな借入金があることをつながりの薄い僕に正直に話してくださりました。つながりがあっても、上辺だけの社交辞令にとどまるのではなく、自分の内面までも開示をし、相手方もそれを受け取るという真摯なコミュニケーションをすることが、弱い紐帯の強みを活かすポイントなのでしょう。
僕自身も数々の企業の支援をしてきましたが、ゆるやかにつながった人間同士の可能性を目の当たりにした一件でした。