皆さんの会社には、経営戦略や経営ビジョン、中期経営計画、経営目標などはありますか?どこまで精緻なものかは別として、ほとんどの企業がそういう明文化された計画・目標を持っているのではないかと思いますし、そういうものを作ることが、いわば「経営の常識」とみなされていると思います。
しかし必ずしもそれが常識ではない、というのが近年の考え方でもあります。
ちょっと堅い話……経営戦略論の世界から
少し堅い話にはなりますが、経営学の世界では、1990年代から「現場に近いところからの戦略立案が重要である」という考え方が台頭してきました。近年のように複雑で変化が早い経営環境においては、ポーターのの競争戦略論やバーニーのリソース・ベースト・ビューなどに代表される、トップダウンによる分析的な戦略立案では、タイムリーかつ的確な対応が難しいという考えから生まれてきたものです。
カナダのマギル大学教授のミンツバーグは、現場に近いところから立案される戦略を「創発的戦略」と呼びました。創発的戦略の有名な事例とは、ホンダのスーパーカブが北米で売れたという話があります。1950年代、ホンダは北米市場への進出を検討しますが、最初は「大型バイクを売ろう」という考え(戦略)でした。ですが、アメリカのバイク事情(長距離を高速で長時間乗る)ではホンダのバイクはすぐ壊れてしまい、たいして売れなかったとのこと。ところがアメリカ人は、ホンダの社員が普段使いをしていたスーパーカブに注目。ホンダとしてはカブを販売するつもりはなかったのですが、しぶしぶ売り出すとこれが大ヒットした、という話です。
当初たてた戦略や計画(大型バイクを販売する)というものは必ずしも成功をしないので、その時々の現場の動向を見て(ホンダ社員が普段使いしていたカブが注目されている)、それに応じて経営判断をする(カブを販売する意思決定をする)ということですね。
よくいえば臨機応変。悪く言えば行き当たりばったりですが、こういう計画の立て方のほうが、複雑で変化の速い現代には向いているのではないかという考え方ですね。
ただし管理職の役割が重要
ただし、なんでもかんでも行き当たりばったりではダメです。ミンツバークの考えでは、管理職が戦略立案の主体、またはトップとボトムの結節点であるなど、管理職の役割が重視されています。実は似たようなことは日本の経営学者も言っています。例えば、野中郁次郎と竹中弘高の「知識創造企業」という本では、ミドルマネジャー(中間管理職)がトップと第一線管理職を結びつける戦略的「結節点」となり、トップが持っているビジョンとしての理想と、第一線従業員が直面することの多い、錯綜したビジネスの現実をつなぐ「かけ橋」になるとしている。
先ほどのホンダのカブの話で例えましょう。「アメリカ人がカブに注目してますよ」ということがわかるのは、販売の現場でのことです。その現場の実情がトップに届かなければ、トップも「カブを売ろう」という判断はできないわけですね。ですから、このような現場の実情をトップに届ける必要があるのですが、その役割を担うのが管理職だということです。
トップが現場の実態を重視するという姿勢も重要
ミンツバーグや野中郁次郎は管理職が重要だといいますが、その現場の実態に耳を傾けるトップの姿勢も不可欠だと僕は思います。本田宗一郎が「何をバカなことを言ってるんだ。大型バイクを売るという戦略があるだろう。戦略はそうそう簡単には捻じ曲げてはならんのだ」などという態度をとったならば、いくら現場から実態が届いたからと言って、カブが北米でヒットをすることはなかったでしょう。そういう点でも、現場の実態に耳を傾け、適切な判断を下せる本田宗一郎はすごい経営者だったのでしょうね。
いま流行の「ティール組織」にも通じる
いま、ビジネス書でヒットしている本に「ティール組織」という本があります。僕も読んでいる最中なのですが、このホンダのような話が事例としてよく出てきます。現場にかなり大きな権限を委譲し、トップと言えども独断で決めない(助言はするが、トップの助言を受け入れるかどうかも現場が決める)という組織の話です。そのほうが顧客満足度も高まるのはもちろん、自主・自律で経営をしているという実感から、従業員満足度も高くなるという内容です。もっとも、ティール組織の場合はミドルマネージャーさえいませんが。
私たちはトップが主導して戦略を練り、それを計画として各階層に展開していくという経営管理手法を常識としています。しかしその常識に従うのが自社にとっては本当に最適なのか?という疑問は、常に心のどこかに潜ませておきたいものです。