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【妄言記事】政府はもう中小企業支援に力を入れないかもしれない

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おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。

6月28日に『「中小企業の成長経営の実現に向けた研究会」による第2次中間報告書』が中小企業庁から公開されました。これを読んで「政府はもう中小企業支援に力を入れないかもしれない」と思いました。その理由はというと……?

中小企業政策の新たな方向性「100億企業への成長」

6月28日に『「中小企業の成長経営の実現に向けた研究会」による第2次中間報告書』が中小企業庁から公開されました。一言でいうと「中小企業を100億企業(筆者注:売上100億円規模)へ成長させようという取り組みが昨年から行われているのですが、それの中間報告の資料です。

中間報告書の結論をざっくりいうと「100億企業を増やすためにもっといろいろやろう」ということなのですが、100億企業って言われてもピントきませんよね。上場している食品製造業でいうとドレッシングのピエトロとか、養命酒酒造あたりがちょうど100億円企業のようですね。製造業だと、およそ従業員数が700~800人くらいの規模ではないかと思います。いわゆる、従業員数300人以下の中小企業(製造業の場合)の規模をとうに超えた規模の会社ですね。

いま経産省や中小企業庁は、この規模の企業(いわゆる中堅企業)を増やすために躍起になっています。そのために今年5月31日に産業競争力基本法が改正され、さまざまな中堅企業支援策が講じられるようになりました。政府は今年2024年を「中堅企業元年」と銘打っていますね。

先日公開された、大規模成長投資補助金の結果を見てもびっくりしましたもん。平均投資額が54億円で、投資による全社売上拡大効果の中央値が55億円でしたからね。どう見てもターゲットを中堅企業に設定してますよね。(まあこの補助金が「中堅企業元年」の目玉施策の一つとして明確に位置づけられているので、当然といえば当然でしょうけど)

政府はなぜ中堅企業を増やそうとしているのか?

日経ビジネスの記事では、経産省の飯田事務次官の講演内容を紹介していますが「中堅企業こそ、応援すべき対象であると考えています。」とまで述べています。なぜそこまで中堅企業の成長に肩入れをするのでしょうか。デロイトトーマツのレポートによると、要は「中堅企業は地域経済の中核的な存在であることが多く、成長に向けた政策支援の余地が大きい」ということのようです。

これを聞いて「いや、それは中小企業も一緒じゃないの?そう言ってこれまでも中小企業を支援してきたのに、なぜいまここで中堅企業なの?」と思うのですが、おそらく役所の本音としては、安倍政権末期以降、中小企業の統廃合を進めて規模の拡大を進めようとしていることと関係が深いのではないかと思っています。特に菅政権では「中小企業再編論」を主張するデービッド・アトキンソン氏を成長戦略会議の委員として参加させることを直接的なきっかけとして、中小企業の規模拡大という方向性を強く主張するようになりました。菅政権後、岸田政権も引き続きこの方向性を堅持しているように思えます。

デービッド・アトキンソン氏の主張を小学生にもわかるように一言でいうと「無能な中小企業が足を引っ張ってるから日本の生産性があがらないのだ。それは役所の政策が間違っているからで、中小企業を再編して規模を拡大すれば生産性はあがる」ということです。

ただアトキンソン氏の主張は、港(2021)や大林(2022)をはじめとして、研究者からも批判が多いのも事実です。大林(2022)に至っては「なぜ以上(筆者注:アトキンソン氏の主張)のような誤謬に満ちた見解が政策に採用されようとしているのであろうか。」とまで言う始末です。

(このあたりのぼくの見解については、いずれ気が向いたら記事を書きます)

理論的な正しさで政策を決めているわけではなく、都合がよいから利用しているだけではないか

ここからはぼくの妄言ですが、中小企業庁も理論的な正しさでアトキンソン氏を始めとする、中小企業の規模拡大を政策として掲げているわけではないと思います。おそらく、氏の主張が、省内・庁内、もしくは与党内の目指す方向と一致していて、都合がよいから利用しているのではないかという気がします。

大林(2022)ではこれに関して、以下のように述べています。

すなわち、「中小企業再編」論から導かれる政策上の結論として、中小企業政策の対象範囲を大幅に拡大し、事実上の政策対象を「中堅企業」に焦点を当てようとすることは、「中堅企業」の利害に対して政策上で拘泥することが、今日の大企業の利害に連関しているからである。

だいぶ過激な主張だと思いますし、根拠も特に述べられていないので、ぼくも完全には賛同しませんが、日本の中小企業政策が、大企業との利害関係の中で決まってきた側面があるのは事実です。例えば一時期によく言われていた中小企業のクラスター化は、大企業からの製造依頼を効率的に処理するための手法です。スタートアップ支援もそうで、スタートアップの新しい技術やアイデアを大企業が取り入れることや、スタートアップの増加によって大企業とスタートアップの間での人材の流動性が高まることは、大企業にとってもメリットになりますからね。

大企業から見れば、サプライチェーンの中で、中堅企業は中小企業よりも重要な位置づけを担っているでしょうし、中堅企業の生産性向上は大企業へのより直接的な恩恵となる可能性が高いでしょう。もしくは、これは完全な邪推ですが、何年にもわたって補助金を出し続けても一向に中小企業の生産性が上がらないので、しびれを切らして中堅企業への支援に舵を切ったのかもしれません。または、どんなに補助金の要件を厳しくしても不正受給の抜け穴を探そうとする中小企業とコンサルに、役所が愛想をつかしたのかもしれません。

中小企業憲章は、結局何の役にも立たなかったのか

ここで思い出されるのが中小企業憲章です。中小企業憲章とは、2010年に民主党政権によって閣議決定された、中小企業の位置づけを示すものです。要は「中小企業は社会の中でも大切な存在なので、しっかり支援をします」という約束のようなものです。大林(2022)によると、政権交代前は、どちらかというと産業政策は大企業寄りであり、中小企業政策もフラフラと安定しないものだったそうです。

そうした「大人の都合」で中小企業政策がフラつかないように、憲章という大きな方向性を定めて中小企業を大切にしようと決めたにも関わらず、いまこうやってまた中堅企業中心の政策への転換が推し進められているわけです。あの中小企業憲章はなんだったのか、という気持ちを拭うことはできません。

いや、これは自民党が悪いといいたいわけではありません。三井(2011)によると、民主党政権も、中小企業憲章を制定した直後に閣議決定された成長戦略は、憲章の内容を無視するような内容であり、その後の予算編成も大企業寄りのものであったと喝破しています。

なぜ安定的な中小企業政策が取られないのかはわかりません。中小企業の現場の実態が、政策立案者にインプットされないような政治・行政の構造的になっているのかもしれません。中小企業が多様すぎて個別の政策ではカバーしきれないのかもしれません。もしくは単純に、政府や行政機関と大企業の癒着の問題かもしれません。

いずれにせよこうしたフラつきを歴史的にも経てきているので、またいつかは「やっぱり中堅企業よりも中小企業支援だ」と揺り戻しがあるかもしれませんし、これをもって中小企業への支援がゼロになるというような極端なことを言うつもりもありません。かつての中小企業政策がそうであったように、アトキンソン氏とその主張も、いつか政府から切り捨てられるだろうと思います。ただしばらくはこうした、成長、拡大、中堅企業化といった政策への追い風が拭き続けることだと想像しています。

政府の思惑はともかく、ぼくとしては、悩んで困って立ち尽くしている眼の前の中小企業と一緒になって前に進んでいくしか道はないんですけどね。

参考文献

港徹雄(2021)「中小企業は経済成長の足かせか?―アトキンソン「説」の考察―」「商工金融」、2021年1 月号、pp.7‒17

大林弘道(2022)「日本中小企業研究における近年の二つの論点-「中小企業再編」論と「脱成長コミュニズム」論-」『経済貿易研究:研究所年報』、第48号、pp.39-57

三井逸友(2011)「中小企業憲章の意義と課題」『協同組合研究』、第30巻、第3号、2011年8月

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