経営というものは、理論や理屈を扱うものではなく、そこで働く人々の感情を扱うものであると感じています。今日は、僕がコンサルティングをした企業でおきた、ある「人の心」についてお話したいと思います。
こんな活動は潰すつもりで来た
ある会社で、3S活動の導入支援をしはじめたばかりのころの話です。僕は必ず、支援先の会社の管理職とは一対一の面談形式で話をするようにしているのですが、その会社の製造現場責任者と面談をした時のことです。
あからさまに不機嫌さを僕に向ける製造現場責任者(Aさんと呼びましょう)は、面談の開口一番、こう言いました。
「会社で3S活動をしようとしているみたいだけれど、俺はこんな活動は潰すつもりで今日はここに来た」
Aさんの最初の表情をみた時に「あっ、これは歓迎されてないな」と直感でわかったのですが、そのとおりでした。これまでの経験から言うと、このようにストレートに言ってくれる人のほうが助かるのです。
「潰す」と言うのは、どういう背景があるのか
なぜストレートに言うほうが助かるかというと、こういう人ほど「会社を良くしたい」という気持ちが強いのです。逆説的に聞こえるかもしれませんが「良くしたい」と思っているからこそ、会社のしようとしてる取り組みや変化に敏感なのです。取り組みや変化は、必ずしも事態を改善するものではなく、逆効果になることも知っているからですね。そして、こういうストレートな人ほど、その人の問題意識、現場で起きていること、社長と現場との関係もストレートに話してくれるものです。
僕はAさんに「どうして潰そうとしているか」を尋ねました。すると、
- 自分たちは、コンサルタントに指示されなくても、ちゃんと3Sをやっている
- ちゃんとやっているのに、社長は表面的なことしか見てくれない
- ただでさえ人手不足で残業・休日出勤が多いのに、これ以上負担をかけさせると、辞めてしまう従業員が出かねない
ということを懸念していることがわかりました。
「ちゃんと3Sをしている」というので、僕がお願いして現場を見せてもらうと、たしかに置き場や置き方の工夫が見られ、「整理整頓をしようとする意志」が感じられます。
Aさんはこのように続けます。
「例えばこの工具も、今仕掛かっている仕事で使うもの、導線などを考えて、ここがベストだと思って置いています。しかしたまにしか現場にこない社長は『なんでこの工具がここに置いているんだ。片付けろ』と言います。これってどう思いますか?」
僕がAさんの話を聴いて感じたのは、Aさんは「3S活動をやりたくない」のではなく、「自分たちの努力が正当に評価されないことはしたくない」ということを主張していたということです。
現場の現状を踏まえて活動を設計する
ヒアリングや現場を確認した僕の見立ては、次のようなものでした
- 社長から指示をされなくても、何か改善をしようという意志が現場にはある
- 社長が現場から遠く、「なぜこういう改善をしたのか」という背景が共有されていない
- 3Sは、時間的に負担が大きいものだと認識している
そこで僕は、3Sのコンサルティングのセオリーではないかもしれませんが、このような活動設計にしました。
- 時間的な負担を軽減するため、4年間かけてじっくりと3Sを浸透させる。一足飛びに「きれいな状態」にはしない
- きれいな状態は必ずしも求めないことを、社長から全社に何度もアナウンスをする
- どういう3Sをするかは全て現場に任せた。ただしやり過ぎないよう、1日5分程度でできることという制限をつけた
- 改善内容を社長や他部署と共有する場を、毎月30分だけもつというようにした
文字にすると「活動設計」とは言えないくらいの大雑把なものですが、これがこの会社にはマッチしました。当然です。この会社の現場のニーズや現状から導き出したやり方であり、どこかの大企業で実行している5S活動のプロセスをそっくりそのまま移植したものではないのですから。
「劇的に組織が変わった」という社長の言葉
そういう活動が半年も続くと、社長からは「劇的に組織が変わった」という言葉が出ました。それは、見た目が美しくなってきたのはもちろんのこと、社内から自発的な改善提案があがりはじめ、何かを変えるということへの抵抗感が薄くなり、部門間で互いのやり方を学ぼうという雰囲気に変わってきたということでもありました。
「活動を潰してやる」と話していたAさんは、社内でも率先して3S活動を推進してくれるようになり、やがて僕にも笑顔で接してくれるようになりました。