先日、僕が5S活動の支援をしている会社の、とある店舗にお邪魔したときのことです。その店舗では、最近人事異動があり、違う店舗から新しい店長が着任したばかりだったのです。新しい店長さんは「このお店では、連絡事項がすぐに伝わってすごい!」と驚いていました。
連絡事項が隅々まで行き渡る店舗
このお店は、パートやアルバイトさんがシフトで入っているので、伝達事項や申し送り事項は、ノートに記入して伝えています。まあ、よくある話ですよね。しかしこのお店のすごさは、それが徹底されているところにあります。新しい店長さんが言うには
「他のお店だと、ノートを見る人と見ない人がいます。ノートを見たとしても、流し読みをしていて、内容が頭に入っていないということもあります。でもこのお店がすごいのは、全員がちゃんとノートを見て、しかもその内容を理解しているんですよ」
情報がなかなか共有されないというのは、何もこの会社に限った話ではありません。どの組織でもよく聴く話です。経営者としては悩みのタネの一つですよね。
なぜ連絡事項を見るのかを店員さんに訊いてみたところ
愚問とは知りながら、店員さんに「なぜ連絡事項をちゃんと見るのですか?」と訊いてみました。すると皆さん、キョトンとした表情。「だって連絡事項を見るのはあたり前のことじゃないですか」というのです。ちゃんとできる人は、できる理由など考えないものですね。しかしある店員さんから、ヒントになるようなことが聞けました。その店員さんが言うには、
「この店舗は、本当に人間関係がいいんですよ。そして私はここの皆さんが大好きだから、皆さんの役に立ちたいと思う気持ちがあるんです。だから皆さんがノートに書く連絡事項もちゃんと読んで、理解したいと思うんです」
僕はなるほど、と思いました。確かに人間関係のよくない職場だと、互いに無関心になりますので、誰かの連絡事項を注意して聴こうという気持ちにはなりにくいでしょう。連絡事項を聴いたとしても、そこに関心はないので、頭のなかには残りません。連絡事項に関して何かわからないことが生じたとしても、わざわざ質問をしたりもしないでしょうね。
その店員さんは「人間関係につきる」と何度も強調していました。
キーワードは「居場所」ではないかと言う店長
僕と一緒に店員さんの話を聴いていた店長は、なにかにひらめいたようでした。店長はこう言います。
「そういえば、私がこのお店に着任して驚いたことがあります。得意分野しかやらない、という人が結構いるんですよ」
どういうことかと僕が尋ねると、
「店長の思いとしては、不得意分野も得意になってほしいじゃないですか。『私は接客が苦手なのでレジしかしません』では、他の店員にも示しがつかないと思っていたんですね。でも前任の店長は、どうもそれを許容していたようなんです。だから『私レジしかしません』というような人が何人もいるんですよ。でも、そういう人は本当にイキイキと働いていますし、特にそれで他の店員さんが不公平に思っているということもなさそうなんですよね」
店長は続けます。
「だから、ここの店員はみんな『自分の居場所がこのお店にはある』と思っているのかもしれません。居場所があれば働くのは楽しくなりますし、楽しければ、人間関係もよくなるでしょうしね」
私は、たしかにその通りだなあと思って聴いていました。
報連相の徹底も「居場所」があるから
ということは、居場所がある→働くことが楽しい→人間関係もよくなる→互いに関心を持つ→報連相が行き渡る、というような図式も描けそうです。
これは「心理的安全性」という理論からも説明ができます(詳しくは下記のページを参照してください)。
このお店のように、得意分野だけやっていればいいというような職場はまれです。多くの職場では、不得意分野を克服することを、経営者や上司は望むでしょう。しかしそうすると社員は「本来の自分」を押し殺し、無理して「不得意分野も頑張る自分」を作り出さなければなりません。そういう努力や苦労を強いられると、職場にいるのは苦しくなります。そうなれば「この職場は私にとって安全とは言えない」と思えてくるわけです。すると「なぜ私ばかりこんな苦労しなければならないんだ」という思いが生まれ、同僚を妬んだり恨んだりということにもつながるわけです。
「心理的安全性」が重視される職場は、社員一人ひとりが自分の居場所を持っている職場なのでしょう。そういう職場が、他者への心遣いや共感、理解力を醸成し、その結果として組織の生産性を高めるのだと思います。