おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。
面白い論文を見つけました。何度罰を受けても同じ行動をとり続けてしまう人がいるのはなぜか?ということについて研究した論文です。これは、子育てや教育、企業経営、そして司法における再犯問題まで、社会のあらゆる場面における示唆を含んでいるように思います。
元の論文はこちら
※なおナゾロジーのこの記事が面白かったので、この元の論文を直接読んでみました。
罰から学ぶ人、学べない人を見分ける実験
この研究(Zeng et al., 2025)では、「なぜ人は罰を経験しても有害な行動を続けるのか」という謎を解明するため、被験者に対してオンラインゲームを用いた実験を行いました。簡単にいうと、失敗すると大きなペナルティ(=罰)があるゲームを被験者にやらせてみる、という実験です。
このゲームを通じて、研究者たちは人々の行動を分析したのですが、明確な3つのタイプが存在することを突き止めたそうです。
- 敏感(Sensitive)タイプ(約26%): 経験からすぐに学び、効率的にゲームのポイントを稼ぐ人々。
- 無自覚(Unaware)タイプ(約47%): 罰を経験しても、どうやればよいかを自力で理解できない。しかし「それをやったらペナルティを受けますよ」と明確に教えられると、すぐに行動を修正できる人々。
- 統合不全(Compulsive)タイプ(約27%): 罰を経験し、さらに明確な情報(何をやったらペナルティがあるか)を教えられてもなお、行動を変えられない人々。
というわけで、実に参加者の7割以上が、罰を経験するだけでは最適な行動を学習できなかった、というのがこの実験の結果なんですよ。(しかし見事に正規分布になっていますね)
行動を変えられない、2つの「認知の壁」
では、なぜこのような差が生まれるのか?という可能性について、論文では2つの仮説を挙げています。
ひとつは「因果推論の欠陥」だ。これは「無自覚タイプ(47%)」に見られる特徴で、自分の行動と罰という結果を結びつけて考えることができないということ。このタイプは、罰を不快だとは感じているが、その原因が自分のどの行動にあるのかを正確に特定できない、というわけです。
もうひとつは、より根深い「認知的・行動的統合の失敗」である。これは「統合不全タイプ(27%)」に見られる特徴です。つまり頭では「この行動は損だ」と理解していても、その知識を行動の抑制に結びつけられない、ということです。
これは結構深刻な結果ですよね。罰が全く効かない人たちが、全体の7割もいることを示しているわけですから。
わたしたち社会への教訓
この研究結果を見てまっさきに頭に浮かんだのは、再犯者率の問題です。法務省のデータが示すように、日本の刑法犯検挙者に占める再犯者の割合は、約50%という高い水準にあり、しかもほぼ固定されています。
この現象は、単に「反省が足りない」といった精神論では説明がつきません。論文の知見を借りれば、再犯者の中には、この「無自覚タイプ」や「統合不全タイプ」に相当する人々が多数含まれている可能性があるんだろうという気がします。彼らは、逮捕や収監という社会的な「罰」を受けても、その因果関係を理解できなかったり、あるいは理解できても行動に反映できないのです。
再犯者よりももっと身近な状況を想像してみます。例えば、職場で何度も同じルールを破る社員がいたとします。罰金や始末書といった罰則を科しても、行動を改めない人がいるという話しは、この仕事をやっているとよく耳にします。多くの経営者や管理者は、そうした人の存在を「怠惰だ」「意識が低い」と理解しようとします。しかし本当は、なぜそのルールが重要なのか、破るとどのような不利益(因果関係)があるのかを理解していない無自覚タイプである可能性もあるわけです。そうなると必要なのは罰ではなく、丁寧な説明と教育でしょう。
もし、ルールを理解していながら行動に移せない「統合不全タイプ」だとしたら、罰は無力であるどころか、かえって反発を招くかもしれない。その場合は、まったく異なるアプローチが必要になります。
「罰」は万能薬
結局のところ、「罰」は万能薬ではないということに尽きます。この研究は、人が過ちから学ぶプロセスは決して一様ではなく、その背後には多様な認知の働きがあることを教えてくれます。罰がなぜ効かないのかを問うとき、私たちは相手の「怠惰」「意識の低さ」を責める前に、その人が世界をどう認識し、知識と行動をどう結びつけているのか、その認知の「壁」に目を向ける必要があるんでしょうね。
