おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。
この連休で、スルガ銀行の不正融資問題に関する第三者報告書の一部を読みました。読んだ感想としては「結果をダイレクトに求めるよりも、プロセス重視の経営のほうが大切だな」という僕の考えをさらに強くしました。よく「結果が全てだ」「いやプロセスだ」というように、結果とプロセスの重要性については議論が分かれるところですが、僕なりの考えをまとめます。
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スルガ銀行不正融資事件に関する第三者報告書
こちらから確認できます。なぜ不正融資が起きたのか?という原因についてはこの報告書でも分析されているところですが、僕なりに(かなり乱暴に)まとめると、
- 過剰な数値ノルマで従業員を追い込んだこと
- 数値ノルマを達成することが優先され、社内の諸制度(人事評価制度や異動、審査承認プロセス等)が捻じ曲げられたこと
- これらの現場の暴走(特にパーソナルバンク部門)に対して経営者が無策で放任していたこと
あたりが原因だと思います。
スルガ銀行の「叱責」と「恫喝」
特に、数値ノルマで従業員を過度に追い込んだことは「行き過ぎたパワハラ」として報道でもよく言われているところです。
338ページある「 第三者委員会調査報告書(全文)」を、「パワハラ」というキーワードで検索すると14件、「叱責」というキーワードで検索すると27件、「恫喝」というキーワードで検索すると20件ヒットします。
具体的な内容については上記の記事を読めばよくわかりますが、報告書中の一例を紹介しましょう。
そもそも「結果」と「プロセス」とは何か
よく対立的に言われる「結果」と「プロセス」ですが、そもそもこれらは何でしょうか。企業の経営においては「売り上げ目標1億円」というのが結果であって、そのために「こういう販売方法をしよう」「品質はこのように担保しよう」というのがざっくりいうとプロセスです。
しかし通常、「結果」を正確に測定することは難しいものです。本来、企業にとっての結果とは、企業が追及する理念やビジョンの達成でしょう。「お客様に貢献する」だとか「社会の発展に寄与する」というのが、企業が掲げる究極的な結果です。しかしこれらを測定することはなかなか困難です。「お客様への貢献」は、顧客満足度調査などをするとわかるのかもしれませんが、お客様全員に調査するのはコストもかかりますし、調査票を作ったとしても、「お客様に貢献する」というような抽象的なものを完璧に測定しつくすことはできません。結果の定義が難しいので、一般的には「売上」や「利益」「契約件数」といった、測定が容易な指標で代替されるのです。しかしこれとて完璧な指標とはいいがたいです。売上が上がっていることとお客様に貢献したことは、ゆるくは相関しているかもしれませんが、お客様を騙して売り上げをあげても、それは結果を満たしたと評価可能です。
このように企業の目的に対して「結果」を定義するというのは、そもそも容易ではないのです。
結果よりもプロセスが大切と言える理由(1) 結果主義は従業員満足を低下させる
スルガ銀行のパワハラ問題でもわかるように、行き過ぎた結果主義は従業員への過剰な叱責や恫喝に結びつくことがあります。スルガ銀行は極端な事例かもしれませんが、叱責や恫喝にまで至らなくても、結果を重視することは従業員満足を低下させる可能性があります。
売上目標が未達の場合、「目標も達成できていない私はダメな人間なのだ」と思ってしまう人がいます。確かに適度な目標は動機付けになることは否定はしないのですが、それは人や環境に依ります。また、目標とすべき結果が納得できないものであっても、従業員満足は低下します。例えばスルガ銀行の報告書では下記のような従業員ヒアリング内容がありました。
誰もが納得できる「結果」というものを設定することは難しく、それが従業員の意欲を奪う可能性はもっと注目されてもよいと思います。
結果よりもプロセスが大切と言える理由(2) 結果主義は長期的視野を曇らせる
結果を重視すると、短期業績傾向に陥りがちです。例えばスルガ銀行の報告書では次のような従業員の指摘がありました。
こうなると、目の前の目標を是が非でもクリアしないといけなくなり、なりふり構わずになってしまいます。実際にスルガ銀行のシェアハウス不正融資事件も、目標達成のために融資の審査書類を偽造するという荒業にでました。目の前の目標を達成するにはこれでよかったのでしょうが、結果としてはこの行為が明るみになり、金融庁から行政処分を受けることとなりました。業務停止が指示されただけではなく、社会的な信頼も失墜しました。
このようなことはスルガ銀行だけではありません。神戸製鋼の検査記録偽造事件でも同様ですし、東芝の不適切会計事件も同様です。短期の目標をクリアしようとなりふり構わない行動にでると、長期的にその会社の存続を左右する事態にもなりかねないことを無視してしまうのです。
結果よりもプロセスが大切と言える理由(3) 結果は、コントロールできないものを、コントロールできるのだと錯覚させる
特に「売上」や「利益」「契約件数」などの結果指標に顕著ですが、これらの結果は、本来はコントロールできません。売上があがるかどうかは、お客様の懐事情に左右されますし、もっというと世の中の景気の動向にも左右されます。リーマンショックや東日本大震災のような出来事があれば、どんなに努力をしても結果を達成することは困難です。売れるか売れないかは、営業担当者の努力だけでは決まりません。そもそもその商品やサービスに、売れる要素がないものは、どうあがいても売れないのです。
しかしこれらが目標として数値化されると、なんとなく達成可能なものに見えてきます。それはそれでよい動機付けになるケースもあるのでしょうが、本来はコントロールできないものなので、結果が出るかどうかは「運」に左右されます。この「運」を実力と勘違いすると、必要以上に傲慢になったり、必要以上に自信を無くしたりすることになります。
結果主義が全く役に立たないとは言わないが、プロセスへのコミットが重要
結果を追い求めることのデメリットは、上記のような理由です。古くはドラッカーが目標設定理論というものを打ち出したように、結果を追い求めることがある程度の動機づけになることは否定しません。しかし結果を追い求めることは諸刃の剣である側面が大きく、これを過度に強調することは、スルガ銀行のような社風を作り、従業員の安全性を脅かし、不正に手を染め、長期的には会社の首を絞めることになりかねません。
結果をないがしろにしなさいというつもりはありません。結果を見定めて行動をするということは、従業員に対して方向性を提供することになり、意義はもちろんあります。しかし最終的にはうまく設計されて統制されたプロセスを持っていることが重要です。そのプロセスにコミットし、試行錯誤と改善を繰り返すことでしか、望ましい結果は出ないのだということを、改めてスルガ銀行の一件は僕に思い起こさせてくれました。