「数値目標がない」という会社を、皆さんはどう思いますか?
一般的には「経営とは結果が全て」であり「結果とは数字である」という考えが、経営者の中には強くあるのではないかと思います。それは一つの真実だと思います。資金がショートすれば会社は倒産してしまうのですから、数字にシビアになるというのは当然のことでしょう。
しかし、財務的に厳しいにもかかわらず「数値目標は立てない」と言う経営者に、僕は出会ったのです。
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厳しい業界、厳しい財務
私が支援したのは自動車整備業(板金業)だったのですが、これは厳しい業界なのです。車は軽量化がすすんでおり、薄くて軽い金属を使うようになっているのですが、そういう金属はぶつけてしまうとへこみが大きく、板金で形状を修正しても完璧には治りません。無理に板金すると強度が落ちてしまうケースもあるので、部品ごと取り替える交換修理が増えています。そうすると、板金という仕事がどんどん減ってくるわけです。仕事が減れば、売上も減るし、キャッシュも減っていくことになります。
そういう会社を「立て直したい」という思いを、経営者はお持ちでした。
「数値目標を立てないと……」と提案すると、厳しい反応が
コンサルタントの悪い癖でもあるのですが、財務的に厳しいとなるとすぐ「(売上目標やコスト削減目標などの)数値目標を立てましょう」と提案したくなります。当時の僕もそうでした。ゴールを明確にしなければ、従業員の動機づけも難しいですし、動き方も変わってくるからですね。しかし当社の経営者は「我が社は数値目標は立てない」と主張します。
僕が「そうは言っても、数値目標を立てるのが一般的で……」というような話をしたところ
「それは一般論だ。今村さんがあまりにも数値にこだわるようならば、もうコンサルティングは止めてもらっても結構だ」
と厳しく言われました。
数値を目指さずに、何を目指すのか
経営者は、数値目標は不要だとおっしゃるのですが、それでは何を目指そうとしているのでしょうか。話をよく聞くと、それは「協力しあう組織だ」とおっしゃいます。経営者が言うには、当社の従業員は、いつも誰かの批判ばかりをしていて、仕事に対しては非協力的であるとのことでした。一匹狼の集団であり、このまとまりのなさこそが問題なのだということです。そして数値目標などを立ててしまうと、数字を達成することに一直線に向かってしまうため、余計に協力することからは遠ざかる、と分析しているのです。
だから経営者は私に、協力しあう組織づくりを手伝ってほしいとおっしゃるのです。数値はその組織づくりができれば、自然とついてくるとも言います。
確かに、組織づくりの後に数字が勝手についてくる
こちらの会社では、経営者と相談し、協力しあう組織づくりのために5S活動(整理・整頓・清潔・清掃・しつけ)をすることにしました。5Sは誰でもできる活動ですし、社歴や職種などによらず、誰でもできる活動なので、一体感が生まれやすいのです。人間というのは不思議なもので、同じ行動をしている人を見ると、親近感が湧くようにできているのです。みんなでおそろいのTシャツを着ると、一体感が生まれてくるじゃないですか。あれと同じ原理ですね。
5S活動が進んでくると、こちらの狙い通り、協力しながらモノの置き場や置き方の見直しをするようになってきました。すると、業務でも協力するようになってきました。手間のかかる作業をしている人の手伝いに自然と入るようになったり、「手伝ってほしい」という声掛けが生まれるようになったのです。お互いが助け合うようになれば、業務は効率化します。この活動の期間に、従業員がひとり退職したのですが、業務が効率的になったおかげで、欠員を補充することなく仕事が回るようになり、結果的にはこれが大きな固定費削減につながったのです。
一般論の導入では解決できない。課題はその会社の人が一番よくわかっている。
ここまできて、ようやく当社の経営者が、数値目標にはこだわっていない理由が腑に落ちました。問題の本質は組織にあるということを見抜いていたのです。考えてみれば当たり前のことです。四六時中、自分の会社のことを考えている経営者は、外部のコンサルタント(僕)なんかよりも、その会社のことを正確にわかっているのですから。そこに一般論である「数値目標を立てるべきだ」というのを無理矢理に導入することには、何の意味もないのですね。
僕はこの会社の支援から多くのことを学びました。まず、実際に経営を動かしているのは「人」であり、数字や理屈なのではないといこと。ツールや手法の導入が目的なのではないといこと。そして、その会社の当事者が「答え」を持っているのであり、外部のコンサルタントや経営理論が答えを持っているのではないといこと。
もし仮に、協力しあう組織ができても、経営がよくならないという場合は、その時にはじめて「数値目標」の導入が適切かどうかを判断すればいいだけのことです。経営とは「折りに触れ」なのです。立てた仮説が正しくないとわかれば、その時にまた違う仮説をたて、速やかに行動に移していく。言い換えれば組織の学習サイクルを回していくということが重要であり、そこにこそコンサルタントの役割があるのだと思います。
制度の導入や目標の導入を否定するつもりはありませんが、それが常に正しく、誰にでも受け入れられるとは限らないのです。だって経営は「人」の感情を抜きには語れないのですから。