おはようございます。マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。
2月4日、ウォールストリートジャーナル(WSJ)が、"Companies Everywhere Copied Japanese Manufacturing. Now the Model Is Cracking"(かつては世界が模倣した日本の製造業。そのモデルは壊れつつある)という記事を公表しました。私たち日本人にとっては、なかなかショッキングなタイトルです。
WSJのこの記事については、日刊工業新聞が2月5日に紹介をしていますね。
僕なりにこの記事を読んでいきたいと思います。
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「壊れつつある」とする根拠は、相次ぐ製造業の不祥事
WSJは、神戸製鋼、日産自動車、三菱自動車、三菱マテリアル、スバルといった企業が、品質検査書類の操作・改ざんを認めたという事実や、タカタが米国で5,000万台以上に欠陥あるエアバックの供給を認めたことを上げています。これらの不祥事は、日本企業が築き上げた信頼を傷つけたとしながら、製造分野で存在感を露にしつつある中国の勢いを加速させ、結果的に、日本製品が世界シェアを低下させる恐れがあると指摘をしています。
この記事でも触れられてるけれども、タカタの一件は、われわれ日本人が思っている以上にアメリカでは重大視されています。16人も亡くなっており、6,000万台以上がリコール対象になっているんだから当然ですね(日本のマスコミは米国メディアほどは本件を扱わなかった印象がありますね)。そこに神戸製鋼らの不祥事が重なったため、特に米国では、日本の製造業に対する信頼が一気に揺らいだという感じでしょうか。
日本的経営(特にカイゼン)の前提が失われつつあるのではないか
WSJの記事中盤から、日本的な製造業経営モデル(特にカイゼン)についての解説があるのですが、これがなかなか端的に的を射ています。要点をまとめると、
- 日本の製造業の大きな特徴には、カイゼン(継続的改善)の考え方がある
- カイゼンとは、不要な活動、過剰な在庫などを削減するために、チームワークを発揮して、問題を解決することである
- カイゼンとは、現場の作業者(職人)に多大な責任と権限を与えるものであり、会社の目標達成に貢献する見返りとして、終身雇用を保証するという伝統的な雇用観に基づく
とあります。
そうなんです。カイゼンは、何かをよくするアイデアを単に出すことではなく、現場第一線の従業員を信用して権限を委譲するという原則が必要なんです。そして終身雇用というインセンティブも必要。つまり、
「俺たち現場のやりやすいように、自由にカイゼンをやらせてもらえるし、何をしても雇用は保証される。だから思いきったカイゼンをやろう」
という気持ちさせるところがカイゼンの重要ポイントなんです。このあたり、日本の経営者でも見落としがちですが、WSJはよく調べているなという感想です。これはすなわち「心理的安全性」でもあります。どんな意見でも会社(上司)は受け入れてくれる、罰せられることはない、という雰囲気があるからこそ、従業員は会社や職場に対する愛着がわき、その結果としてカイゼンが実行され、生産性が高まるのです。
反対のことを想像してください。企業の経営者が次のように従業員に語ったとしたら、従業員はどう思うでしょうか。
「お前たち、カイゼンをやれ。目標達成しないとボーナスはないぞ。それと時間外でやるように。自発的な活動だから手当は出さない。あっ、それから、最近は業績が悪いので、もしかしたら早期退職者を募るかもしれないからな」
こんな環境では、カイゼンをやれと言われても、やる気が起きるはずがありませんね。WSJは、この前提が崩れつつあることが、日本の製造業の強さを失わせているのではないかと指摘します。多くの日本企業は、もはや終身雇用を維持する余裕がありませんからね。
(心理的安全性については、下記のページをぜひご覧ください)
https://imamura-net.com/services/
カイゼンの構造的な欠陥?
それに加えて、WSJはカイゼン活動の構造的な欠陥を指摘します。それは、従業員に大きな権限を与えることが、かえって手抜きや不正行為をする温床にもなっているのではないかという可能性です。WSJは、久保利英明弁護士という、コンプライアンス問題の専門家にインタビューをしているので、これ(権限移譲が不正の温床になっているという指摘)は、久保利氏の意見です。
WSJの記事によると、久保利氏は「現場は壊れている」いい、経営トップが現場を完全にコントロールできないことが、これら不祥事の要因であると述べています。
久保利氏は、Business Insider Japanの取材に対しても、似たようなことを答えています。
この久保利氏の指摘が正しいかどうかは私にはわかりませんが、久保利氏の主張には具体的な根拠もないので、うのみにはできないという気もします。もし現場が壊れていて勝手に手抜き・不正行為をしているとしても、現場の声や行動が上層部には見えないという構造上の問題ですので、一方的に現場を責めるわけにもいかないでしょう。
デミング博士の功績
WSJの記事は最後に、日本製造業の品質管理技術向上の功労者であるデミング博士の紹介でしめられています。デミング博士はアメリカ人ですもんね。
ところでこの記事を書いているときに、改めてデミング博士のことを調べていたんですが、デミング博士は経営管理哲学として「数値目標を排除する。新たな手法も提供せずに生産性の向上だけをノルマとしない。」というようなことを述べているんですね。僕もすっかり忘れていました。数値目標を設定すると、一直線にそれを達成しようとして、してはならないことをしてしまう(質が犠牲になる)という意味なのですが、僕にはこれが、近年の日本企業の不祥事の根本原因のように感じます。
WSJの記事でもデミング博士の紹介でしめられているように、表面的な経営管理手法の導入に終始するのではなく、デミング博士の述べたような「哲学」に、私たちは立ち返るべきなのかもしれません。