先日、ちょっと理由があって、久しぶりにデミング博士の考え方を振り返っていました。すると、有名な「デミング博士の14の経営哲学」の一つに「数値目標の設定をやめなさい」というものがあったことにあらためて気がつきました。
いま「ティール組織」という本が売れていて、従来のような(目標)達成型組織よりも効果的な組織があるということも知られつつありますが、もう何十年も前にデミング博士が同じようなことを言っていたということを再認識しました。面白いなあと思ったのでちょっと突っ込んで調べてみました。
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デミング博士の言葉
この「数値目標の設定をやめなさい」という経営哲学は、デミング博士が残した14の哲学のうちの11番目に位置付けられています。この言葉に対するデミング博士本人の言葉としては、次のように説明されていますね。
11 Eliminate numerical quotas for the workforce and numerical goals for management
A quota is a fortress against improvement of quality and productivity. I have yet to see a quota that includes any trace of a system by which to help anyone to do a better job.
A quota is totally incompatible with never-ending improvement. There are better ways.
The intent of application of a work standard is noble: predict costs; establish a ceiling on costs. The actual effect is to double the cost of the operation and to stifle pride of workmanship.(拙訳)
11 労働者に対する数値の割りあて、および経営に対する数値目標の設定をやめる
数値の割り当ては品質と生産性の改善に対する障害になる。よりよい仕事をするのに役立ような、仕組みのひとつとしての数値の割り当てを、私はいまだかつて見たことがない。
数値の割り当ては、継続的改善には全くそぐわない。もっといい方法はいくらでもある。作業標準を適用しようとする意図はよい。コストを予測できるし、コストの上限を決めることになる。しかし実際の効果としては、オペレーションのコストを増加させるものであるし、労働者のプライドを台無しにしてしまう。
デミング博士の意図はどこにあるか
デミング博士は「数値目標」に"Quota"という語を使っていますが、これは"Goal"と比べてもう少し細かい単位であり、個人の日々の生産高とか売上高とかに使われるようですね。一方"Goal"は、もう少し長期的かつ全社的なものとして使われるようです。デミング博士が活躍していた当時の製造業の様子を踏まえると、大量生産品の一日あたり、一人当たりの生産高のようなイメージでしょうか。
例えば従業員が二人いたとします。一人は優秀で、1時間に120台生産できる人物です。しかし数値目標が100台であれば、100台しか作らないようになる可能性があります。もう一人はあまり優秀ではなく、1時間に80台しか生産できない人物です。そういう人は目標達成できないと落ち込むだけでなく、上司や経営陣から叱責をされて、やる気がそがれてしまう恐れがあります。万が一やる気がなくなってその人が辞めてしまったら、新規に採用・育成するコストもばかにならないし、新人が一人前になるまでには時間もかかります。
1時間に80台しか生産できない人は「とにかく100台という目標を達成すればいい」という意識になって、品質をおろそかにする可能性もありますね。そのうえ、目標管理をする上では、上司による監視や会議、資料作りといった管理作業も発生しますね。これらは必ずしも品質や生産性の改善にはつながらないので「やめてしまえ」と、デミング博士は言っているようです。
神戸製鋼の品質記録改ざん事件を見ても「収益評価に偏った経営と閉鎖的な組織風土」が原因の一つであったと報告されています。確かに結果を一直線に求めようとすると、どこかにひずみが生じるものです。神戸製鋼だけではなく、数字のつじつまを合わせるために策を弄することは、どんな会社でもよくあることではないでしょうか。
じゃあ無管理状態がよいとデミング博士は言っているのか?
ただしデミング博士は、無管理状態がいいと言っているわけでもありません。博士は、パフォーマンスを測定することには反対していません。ただし目標に対する労働者のパフォーマンスを監視するのではなく、現在の成果を向上させることに焦点を合わせるべきだとしています。目標を作って追い込むのではなく、改善のために測定結果を使うということでしょうかね。そして経営者は、パフォーマンスを向上させる項目を特定し、それらの項目を改善する手立てを与えるべき、と述べていますね。このあたりは、QMS(ISO9001)でいうところの「プロセスアプローチ」っぽいなあと思いますね。
しかし現代の経営者には、理解はできても腑には落ちない可能性も
理屈としては「数値目標による管理をしない」という意図を理解できても、心底納得できる経営者はいないんじゃないかなと思います。目標設定・目標展開することが、あまりにも当たり前になっているからです。僕はこれまでのコンサルティング経験の中で、一人だけ「数値目標は絶対に設定しない」と言い切る経営者にお会いしたことがあります。そういう人は9年間の経験の中でたった一人だけですので、かなりの少数派に違いありません。
僕たちはコンサルタントとして、目標設定が当たり前だと思っている経営者を正面から否定することはできませんし、日々の資金繰りに苦しみ、数字しか見ない銀行と交渉しなければならない経営者に向かって「数値目標はやめましょうよ」といったところで、何の意味もありませんよね。僕も押し付けるつもりはありません。ただ、数値目標は万能ではないんだということは常に心の中に留めておいても損はないでしょうね。
当社(マネジメントオフィスいまむら)にも数値目標はありません!
ちなみに当社には、売上目標も利益目標もありません。えっ?理由ですか?それは、僕がデミング博士の考えに共感しているからというよりも「創発的戦略」でいこうと決めているからです。戦略や計画は、その実行段階において、必ず現実とのズレが発生します。もしかしたら、当初想定していた以上のチャンスが見つかるかもしれませんし、当社は一人親方、フリーランスであり、戦略や計画を社員と共有する必要性がいまのところないですし、臨機応変に動き、経営が硬直化しないよう、具体的な計画や目標にこだわらない経営をしています。
「行き当たりばったり」も、こう書くとかっこいいですね(^_^;)