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初秋の京都・泉涌寺と雲龍院を歩く

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おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。

三連休も最後の日になりましたね。ものづくり補助金の仕事が一段落した僕は、リフレッシュと、今後の自分の事業のことをじっくりと考える時間をとるために、初秋の京都へ行きました。関空が部分的に閉鎖されていることもあってか、いつもよりも人出の少ない京都でした。

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当社の開業一周年を控えて

当社の開業は昨年10月1日。まもなく1周年を迎えます。前職を辞め、実際に事業をスタートしたのは11月21日なので、10月1日はあくまでも書類上の話なのですが、それでもやはり無事に1年を迎えつつあるというというのは感慨深いものがあります。

この1年間は、想像以上にうまくいった、というのが正直な感想です。自分がしている仕事そのものは前職の時とほとんど変わっていないのですが、開業したばかりの当社が、どれだけの顧客開拓ができるか……というのが当初の大きな心配事でした。しかし最終的には新規開拓顧客数は29社。売上もそれなりになりました。ただし、この売上に僕は満足していません。それは売上額というよりも、その内容の問題です。売上の内訳として、補助金支援での売上が7割近くを占めるからです。個人的には、補助金への依存度はもっと下げたいと思っています。できれば2~3割くらいの依存度にしたい。というのも、補助金という施策は、行政の意向で行われているもの。行政が「もうこの補助金は今回限りでやめます」と言ってしまえば、それを境にして当社は収入源を一気に失ってしまいます。このような依存状態は健全とは言えません。

ですので、いかにして補助金依存度を下げていくか……いつ、どうやって、何から始めるのかというのをじっくり考えないといけない局面に当社はあります。それを考えたいと思いながらも、目の前の作業に追われていると、考えが雑になってしまうので、こうして一人で考える時間を設けたいと思っていたのでした。

というわけでまずは雲龍院へ

とにかく静かに庭を見たいなあという思いがあって、泉涌寺の別院である雲龍院へ。この日(9月12日)は、関空の部分閉鎖の影響もあってか、外国人観光客は少なめのようでした。おりしも天候も雨。外国人だけではなく、日本人観光客もほとんどいません。

雲龍院とは、南北朝時代の北朝第四代天皇、後光厳天皇の勅願で作られたお寺で、泉涌寺派の別格本山とされています。応仁の乱で焼かれたものの、豊臣や徳川の庇護をうけ、再興されています。江戸時代初期には後水尾天皇が再興に力を注いでいるという、歴史上でも結構な大物がかかわってきたお寺です。

写真ではよくわからないですが、参道は台風の影響とおぼしき倒木がたくさんありました。

これこれ!こんな苔庭見たかった!

ここは蓮華の間といって、それぞれの障子窓から椿・灯籠・紅葉・松が見えます。

時間がゆっくり流れますね。

ところでこのお寺には、サスペンスの女王、山村美紗さんが眠っているそうです。

庭の杉の木には、かつて落雷があったそうで、いまでは避雷針がつけられていました。

この石灯篭は、徳川慶喜が亡き孝明天皇のために寄進したものだそうです。もともとは孝明天皇陵(泉涌寺にある)にあったものですが、薩摩藩が放り投げたものを、当時の雲龍院のご住職がこっそり取りに行って、ここに置いたのだそうな。

これが有名な「悟りの窓」。禅の教えを表現しているそうですが、僕には何にも悟れませんでした? でも、借景になっていてとてもきれいですよね。

いやあ、人も少なくて本当にいいお寺です。

これは「迷いの窓」。

そして泉涌寺へ

泉涌寺は有名なお寺であるにも関わらず、これまで行ったことがありませんでした。よくよく調べてみると、皇室とのつながりがかなり深いお寺なんですね。

御座所にも特別拝観料300円を払って拝観。ここ、京都御所の建物を移設してるんですね。説明によると「(明治天皇は)京都御所内にある皇后宮の御里御殿をお移しになった。この建物は文化15年(1818)に造営したものである。」とのこと。御座所内は、今でも皇族が参拝される際のお休み処として使われているようで、現役の玉座も!

(御座所内は写真撮影不可のため、庭園だけパシャリ)

歴代天皇の陵もありますが、女官にいたずらをしようとしてすべって転んで亡くなった四条天皇をはじめとして、徳川秀忠の孫である明正天皇や、豪傑後水尾天皇、傍系から即位して幕政に口を挟むようになった(幕末の朝権強化の出発点でもある)光格天皇など、歴史上著名な天皇がたくさん。

歴代天皇がまつられている陵は、後月輪陵(のちのつきのわのみささぎ)というそうです。

本当に観光客が少なく、静かな秋の京都でした。いろいろとゆっくり考えることができました?

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