おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。
2020年実施ものづくり補助金1次締切を明日に控えています。今年から、給与支給総額年率平均1.5%という申請要件が設けられました。「補助金を返還しないといけないかもしれない」と危惧している方も多いでしょうが、もっと重要なのは、従業員のモチベーションが大幅に低下してしまう可能性があることです。どういうことでしょうか。
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本当は怖い「従業員への賃金引上げ計画の表明書」
給与支給総額年率平均1.5%という申請要件を満たしているエビデンスとして、今年から様式1「従業員への賃金引上げ計画の表明書」を必ず添付することが求められています。
ここには従業員代表などの氏名と押印も求められているのですが「はいはい。従業員にハンコおしてもらえばそれで補助金もらえるんだろ?」などと考えている経営者の方はよもやいませんよね。この書類を作ることには慎重にならなければなりません。あとで後悔することにもなりかねません。
紙で残りますし、普段は目にしない様式に押印することは、従業員にも強く印象に残ります。
「自分の手取りが1.5%増えるんだ」という勘違いの可能性
この表明書には「給与支給総額を年率平均1.5%以上増加」と書かれています。そういった書面に、従業員3名の氏名と押印を求めるわけです。これに押印した従業員は、素朴な考えとして「あっ、給料が1.5%あがるんだ」と思うことでしょう。押印した従業員から「給料が1.5%増えるんだって!」と、他の従業員に伝わっていくこともあるでしょう。
ものづくり補助金における給与支給総額の定義は複雑です。従業員や役員に支払う給料、賃金、賞与のほか、各種手当(残業手当、休日出勤手当、職務手当、地域手当、家族(扶養)手当、住宅手当等)といった給与所得とされるものが含まれます。ただし、退職手当など、給与所得とされないものは含まれません。福利厚生費も含まれません。これを文字通りに説明しても、完全に理解できる従業員は少ないでしょう。僕だって即座にイメージできません。
複雑であるがゆえに、なかには「自分の手取りが1.5%増えるんだ」と思う従業員もいるかもしれません。しかし実際は手取りではありませんし、ものづくり補助金のルール上は、極端な話ですが、既存の個々の社員の賃上げをしなくても、従業員数が増えて総額が増えればそれでも要件は満たします。もっと極端に言うと、役員報酬だけ増額して要件を満たすことも理論上は可能です。しかしそのような場合、「なぜ自分の手取りが増えないのか」という不満が生じても不思議ではありません。
「自分の給与が翌月からすぐ1.5%増えるんだ」という勘違いの可能性
翌月の給与からすぐ賃上げされると思う人もいるはずです。しかし、ものづくり補助金のルール上、賃上げの実績を見られるのは、あくまでも「事業計画終了時点」です。「事業計画終了時点」とは、3年の事業計画であれば3年後、5年の事業計画であれば5年後を指します。このときに、最終的に年率平均1.5%あがっていればよいので、ものづくり補助金のルール上は、翌月からいきなり毎月賃上げする必要はありません。
しかし従業員が「自分の給与が翌月から1.5%アップするんだ」と思えば、翌月の給与明細を見て「なぜ給与が上がっていないんだ」と不満に思う可能性もあります。
絶対にやってはいけない「補助金のために一時的に給与を上げること」
なかには「補助金をもらうためだ、仕方がない。事業計画期間の3年間だけ要件を満たすように給与を上げて、あとで給与を下げよう」と思う人もいるかもしれません。僕がかつて支援をした会社の社長に、そのような人がいました。
これは絶対にやってはいけません。補助金のために自分の給与が操作されることを快く思わない従業員は必ず出ます。そもそもいったん上げた給与を下げるということは、どんな正当な理由があろうとも、従業員のモチベーションに影響を及ぼします。給与の額は、従業員にとってはいわば既得権です。それを、いくら会社に補助金が出るからといって、不利益になるように改定されて面白いわけがありません。
僕がかつて支援をした会社の社長は「一時的であっても、給与が上がれば従業員は喜ぶだろう」と言っていましたが、そんなことはありません。その会社の従業員が「わたしたちの給与は、補助金をもらうためのダシなんですかね?」と、僕に食って掛かったことがありました。僕は何も言えませんでした。
経営は補助金のためにやっているのではない
とにかく補助金のこととなると、なんとか抜け道を探してでももらえる方法を知りたいという経営者がまれにいます。機械商社やメーカー、コンサルタントにも、そういうテクニックを推奨する人がいます。
しかし補助金のために経営をしているわけではありません。補助金がもらえるために手を尽くそうとして、従業員のモチベーションが下がるような真似をすることは本末転倒です。一時的な補助金をもらったとしても、その後に経営に致命的なダメージを受けることもあります。とくに、経営者と従業員間の信頼関係が損なわれている会社ほど、その発生可能性は高いでしょう。
たとえテクニックを駆使して補助金がもらえたとして、やる気を失くした従業員が大量に辞めてしまって、経営が成り立つでしょうか。
したがって、この度のものづくり補助金に申請をしようとする企業は、従業員によくよく説明をする必要があります。そしてどんなに経営者が説明し尽くしたとしても、全ての従業員が完全に理解し、腑に落ちるということはありえないということにも覚悟しなければなりません。
この度のものづくり補助金に応募をしようと考える企業は、日頃の信頼関係構築に自信があり、その上で、毎年確実に1.5%の賃上げを、全従業員に対して実施するという覚悟があるところでなければ、社内に大きな禍根を残す可能性があることを、改めて強調したいと思います。
行政は補助金を交付してくれるありがたい機関かもしれませんし、コンサルはそれを支援してくれるありがたい人たちかもしれません。しかし彼らは(僕も含めてですが)、みなさんがたの経営に最後まで責任をもってくれるとは限りません。
このリスクを認識した上で、本当にこの補助金に申請すべきかどうかを熟慮することを願います。