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【当社のご近所紹介】阪神間モダニズムの一翼、深江文化村を訪ねて

更新日:

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おはようございます!マネジメントオフィスいまむらの今村敦剛です。

今では信じられないことですが、今から100年ほど前、当社のご近所(深江)には富裕層の別荘地がありました。阪神間を中心に、近代的な芸術・文化・生活様式が生まれ「阪神間モダニズム」と呼ばれたそうですが、その名残りが今でも存在します。

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深江文化村とは

阪神間モダニズムの一翼を担ったのが、深江文化村です。その名の通り、当社のご近所である深江にあった集落です。深江文化村は、芝生を囲む13棟の洋館で、昭和初期、ロシア革命で亡命した指揮者メッテルら、著名な音楽家らが住んでいたそうです。彼らとの交流から、服部良一、朝比奈隆、貴志康一といった多くの日本の音楽家が育ったほか、洋画家の小磯良平も深江文化村と大きなかかわりを持っていたそうです。

大正時代に形成された深江文化村には13軒の洋式住宅があったそうですが、神戸大空襲や阪神淡路大震災を乗り越え、そのうち2軒は現存しています。

深江文化村の移り変わりを地図で見る

まずは現在地を確認しましょう。深江駅から南東へ直線距離で約1kmほどのところにあります。現在の住所で言うと、深江南町1丁目です。

この近辺の昭和10年ごろの住宅地図を見てみましょう。(深江生活文化史料館の展示資料です)

赤線部分が深江文化村とよばれる一角です。神楽公園は今でも存在していますし、すごいことに旧古沢邸と旧富永邸が現存しています。

この住宅地図を見て驚くことは、深江文化村の北側に湯川秀樹の娘婿が住んでいたと書かれていることです。Wikiを見ても、湯川秀樹に娘がいたという事実は見当たりませんが……湯川秀樹は入り婿なので、妻の実家である湯川家にゆかりのある人物なのでしょう。(住友財閥の総理事である湯川寛吉氏のことかもしれません)

戦後まもなくの航空写真も見てみましょう。画像は粗いですが、同じくらいの大きさの家に囲まれて、区画の真ん中に広場らしきものがあることがうかがえます。

深江文化村を歩く

では現場を歩いてみましょう。歴史探索でもコンサルティングでも、現場に足を運ぶことは基本ですからね。

ここは深江文化村北東角にある神楽町公園です。ここに2つの案内板がありますね。ひとつは「風致地区」であることを示す案内板です。ここ深江南町1丁目の一体は、神戸市から第三種風致地区に指定されています。第三種風致地区とは、自然的景観を保持している住宅地等の地区で、現存の風致を維持することが必要な地区のことだそうです。

もう一つの案内板には、深江文化村のことが記されています。

大正から昭和にかけて、この辺り一帯には、ピアニストのアレクサンダー・ルーチン、指揮者のジョセフ・ラスカやエマヌエル・メッテルら、ロシア革命(1917年)の亡命者たちが居住していた。彼らを慕って多くの門下生が集まり、音楽を通した交流からは、朝比奈隆、服部良一、貴志康一、大澤壽人ら多くの日本人音楽家が生まれた。この地域が深江文化村と呼ばれる由縁である。

深江文化村は、関西で多くの西洋建築を手がけた米国人ウイリアム・ヴォーリズの弟子で、建築家の吉村清太郎によってデザインされた。敷地には十三棟の用かンが中庭の芝生を取り囲むように建てられ、大正モダニズムを象徴する空間として知られたが、近年の宅地開発や震災により、今や2軒が現存するのみである。

神楽町公園の向かいには、現存する洋館の一つ、旧古沢邸が見えます。

そして南側に回って見えるのが、旧富永邸です。旧富永邸については下記のような解説を見つけました。ツーバイフォー住宅だったんですね。

冨永邸は、大正14(1925)年竣工の米国2×4(ツーバイフォー)構法による西洋風住宅で、鈴木商店シアトル駐在員だった冨永初造が帰国後、木材部材を米国より取り寄せて建築したもので、米国人建築家・ベイリーの設計による2×4構法の原型をなすもので、近代建築史上貴重な建築物として認定されている。

当時の芝生の中庭は、今では駐車場になっています。面影はありませんね。

ところで、深江文化村の南西角には、このような洋風住宅があります。航空写真を見ると、1984年の時にはこの一連の住宅は映っておらず、2004年の航空写真で目にすることができます。おそらく20世紀末に建築されたものだと思われますが、深江文化村の歴史的な意義を汲んで、このようなデザインにしたのでしょうね。

ところでWikiの「深江文化村」の項目には次のような記述もあります。

文化村とその南西に建設された長期滞在型オーベルジュ「文化ハウス」は、音楽による国際交流の場にもなった。

まさにこの一連の住宅の場所が南西にあたる場所ですね。これは僕の推測ですが、長期滞在型オーベルジュ「文化ハウス」を模して、これらの住宅は20世紀末頃に造られたのかもしれません。

深江文化村の南西角から海のほうを臨みます。この道は今では暗渠になっていますが、当時は津知川という川がありました。小川のせせらぎが聞こえていたはずで、歩けばすぐ海も観られるという好ロケーションだったことでしょう。

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